MUJINA.Note

プレイしたゲームのコラム中心の雑多なブログです

”非登場人物”から見る物語:「Gu-L」についての考え事

 ホラーRPG「Gu-L」についての考察です。全エンディングに到達済みのプレイヤーを対象とした文章であり、内容の核心に触れる内容となっておりますのでご注意下さい。

 以前投稿した考察の内容の一部を引き継いだ内容となっております。本文をお読みになる前にご一読ください。

mujina-note.hatenadiary.com

 

 

”非登場人物”とはだれか

 結論から言えば、本記事のタイトルに挙げている”非登場人物”は神崎栄次を指しています。ということで、作中の神崎栄次について振り返ってみましょう。

 神崎栄次。主人公・赤橋圭介のクラスメイトで、長田の「ゲーム」に巻き込まれることとなるバス事故の生存者の一人。圭介に言わせれば「無口だし、いつも1人でいて何を考えてるのかわからない。…強面だし。」とのこと。そのような薄っぺらな印象とは裏腹に、ストーリーが進行するにしたがって、ヒステリックな他のクラスメイト達とは一線を画す冷静さと行動力、安定したステータスによって、一気に「頼れる仲間」としての立場を盤石のものにしていきます。

 そんな神崎栄次を語るに欠かせない人物がいます。ゲーム終盤にかけてのダニエルら研究員の回想、あるいは作中の資料や複数のエンディングの描写も交えながらストーリーを追っていくことで立ち現れてくる、この作品の影の主人公。南澤春仁という男です。

 南澤は国家的機密プロジェクト・AtoZの一つである「Flame」の構成員としてこの屋敷に潜入していました。エンディングによって彼の行く末は少々異なりますが、愛する安住のヒトとしての最期を看取り、物語のクライマックスでは長田および「Gu-L」そのものに引導を渡すこととなります。

 彼が潜入のために用いたのはFlameの研究の産物である「幻影焔」、死人を炎として映し出し、それを纏うことでその人間になりきる能力でした。そして、ベストエンディングに辿り着いたプレイヤーは、今まで一緒にいた神崎栄次……その判断力と行動力で頼もしい味方となる”彼”は、幻影焔を纏った南澤だった、という衝撃の事実に辿り着くこととなります。

 一方で、ホンモノの”神崎栄次”はベストエンディングの最後に流れるニュースの通り、修学旅行の開始前には既に自室で孤独な死を迎えていました。”神崎栄次”が真に登場するのはこの短く空しい報道のみであり、ゲームの物語においては彼は「登場していない」、”非登場人物”に等しいのです。

 不思議なことに、この非登場人物たる”神崎栄次”という人間はなぜか私の関心を強く引き付けます。そして、この”神崎栄次”に目を向けたとき、「Gu-L」という作品に対して思うことがいくつか浮かび上がってくるのです。今回の文章は、その「いくつか」に触れながら、作品への考察を深めてみたいと思います。

 

おぼろげなドーナツの穴

 本来修学旅行に参加するはずだったクラスメイトの”神崎栄次”。彼に対して思いを馳せようにも、プレイヤーが知りえる情報はあまりに少なすぎます。その内容は先のセクションで述べた通りのことしかありません。

 ひとつは、プロローグでの圭介の主観。彼に言わせれば「何を考えているかわからない無口で強面の一匹狼」。これが普段の”神崎栄次”の印象のようです。

 そして、もうひとつは飛びに飛んでエピローグ。「自室で手首を切って失血死し、死後3日経過してから母親によって発見された」という報道です。バス事故直後の栄次――便宜上”南澤栄次”と会話するときに圭介が見つける手首の傷は、このニュースで語られる”神崎栄次”の死因に繋がります。

 しかし、この二つの情報から掴める”神崎栄次”の姿はあまりにぼんやりとしています。虚無と言ってもいいほどでしょう。

 彼の存在を確かにしていく方法は、圭介のリアクションによって窺い知れる”南澤栄次”と”神崎栄次”のギャップから本来の輪郭を探り当てようとすることくらいしか見当たりません……が。

 先のセクションの通り、”南澤栄次”は知識、判断力、行動力、身体能力(+Flameの力)を用いて、高校生たちにひっそりと行動指針を与え続けます。圭介はそんな”南澤栄次”に対し、時にその豊富すぎる知識や落ち着きに引っかかりを覚えながらも、「こんなに喋るの初めて知った」「お前・・ ホント落ち着いているよな」といったリアクションを示します。

 この通り、圭介は意外性以外のことを口にしません。それほどに、圭介にとっての”神崎栄次”は影の薄い・印象を持たない存在だった。少なくとも、それくらい自分の世界から隔絶された存在で、豊富な知識や行動力・判断力を持っているとはまるで思いもしなかった存在だったのでしょう。

 印象から輪郭を辿るのが難しいなら、彼が自殺したという事実から思い描いてみようか……とするのにも微妙なところ。Flameの一員として長田邸に侵入するために南澤が用いた幻影焔が「死人の姿を纏う」能力である以上、”神崎栄次”は彼らに殺されたという可能性が浮かび上がるからです。

 もちろん、偶然にも修学旅行前に”神崎栄次”が自殺したために南澤がその姿を利用したということも考えられますが、この答えを作中から得ることも難しいでしょう。三日もその死に気づかれない程度には母親との関係が遠ざかっていたということくらいは言えるかもしれませんが。

 残念ながらいずれにしても、この非実在性こそが”神崎栄次”であるという残酷な証明以外行うことは出来そうにありません。しかし、このあまりに空虚なクラスメイトは、彼を擬態する存在によって確かに「仲間の一員」として他のクラスメイトらに受け入れられ、共に館の脱出を目指すこととなるのです。

 

物語の日向にできる影

 ”神崎栄次”という空隙にむけて歩みを進めると、「Gu-L」の物語の裏に横たわる冷たい影の存在にも目を向けることになります。

 南澤の他にもう一人、クラスメイトになりかわろうとした人物がいました。そう、このゲームの核となるキャラクター、隆です。彼は双子である隆也を偽ってクラスメイトの中に入り込もうとしました。しかし、この入れ替わりは数刻のうちに看破されてしまうこととなります。協調性に欠ける不良少年の信彦ですら、この企みを見破るのです。

 これは”栄次”の入れ替わりとは対照的に映ります。”栄次”には死亡イベントが用意されておらず、途中の強制離脱こそあれど最後まで脱落することなく頼もしい仲間として共に駆け抜けてくれます。しかし、こんなにも存在感を放つキャラクターでありながら、彼が全くの別人のなりかわった姿であることはクラスメイトの誰一人として気づくことがない。本当の”神崎栄次”は既に自宅で物言わぬ亡骸になり果てているというのに。

 隆也と"栄次"。どちらも物語の最後まで関わり続けるキャラクターでありながら、何が違うのか。

 いくら隆による隆也の偽装が下手だったとしても、これは理由になりません。なぜなら、南澤による神崎の偽装が上手かったかどうかは誰にもわからないからです。むしろ、元々無口な印象を与えていた彼が「こんなに喋るとは」と言われてる点からすると、実は南澤もそこまで演技が上手いわけではなく、その場その場の取り繕いによって凌いでいたにすぎない可能性すらあります。

 だとすると、原因は模倣した側ではなくされた側、つまり隆也と"神崎栄次"自身のほうにありそうです。考えるにやはり、クラスにおける二人の立ち位置の相違が一番の理由でしょう。

 隆也はクラスの中心にいて、同級生らの信頼も厚い存在です。プロローグでの圭介の言葉や、実際のバス事故直後の行動力から見ても、彼が周囲に与える影響力は明らかです。そして、みんなが隆也のことを知っているからこそ、瓜二つの外見を持つ隆に対して違和感を抱き、その正体を暴くことに成功します。

 一方で、"神崎栄次"はいつもひとりでいて、何を考えているかわからない。これは圭介の見立てだけでなく、恐らくこの場にいる全てのクラスメイトにとってそうなのでしょう。さすがに南澤ではなくダニエルなんかが入れ替わればバレるでしょうが、それでも誰一人として、彼を彼らしいと判断する材料は持ち合わせていないようです。ここに、クラスメイトと"神崎栄次"との大きな溝が見て取れます。

 ところで、「Gu-L」を隆を中心に見立てると「安住に教わった友情について、自らの片割れである隆也の親友・圭介を通じて理解する」物語と言えそうだという風に前回の考察記事で触れました。これを軸にするならば、”神崎栄次”に対する空虚さや周囲との間隙は、物語に対する強いアンチテーゼにも見えます。その上、その安住の名言に次いで印象的なセリフ、「もしもアナタの周りにいる人間 (中略) が殺人鬼だったとき、アナタはどうしますか?」も併せて考えると、高校生たちの日常の冷酷さが浮き彫りになってくるでしょう。

 バス事故、そして田中の死を通じて、ゲームの世界の出来事でしかなかった「死」が強い実感に変わっていく。その一方で、この物語の最後まで――おそらく日常に戻った彼らがその”ニュース”に触れるまで、”神崎栄次”の死をクラスメイトらが知ることはない。赤の他人が入れ替わろうとも意に介されることのない、友人とは程遠い存在。彼はもしかすると、共同生活の中でその心を蝕まれて命を絶ったのかもしれません。

 隆と安住、隆也の物語の与える愛と友情の暖かさに光を当てると、その裏に存在する”神崎栄次”という埒外の存在に対する冷たさもまた際立ってきます。社会問題を持ち出そうというわけではありませんが、このどうしようもない救いのなさに対して、ほんの少しやるせない気持ちになったりもするのです。これはもしかすると本作をどこか空虚に感じる人が居る理由の一つなのかもしれませんし、作中で何度も描かれる人間の弱さの一端とも言えるのかもしれません。

 

育んだ感情の行く先

 先述の通りその入れ替わりを看破されぬままだった”神崎栄次”という存在は、クラスメイトらと友情を育んではこなかったのでしょう。ところが、物語上の栄次、”南澤栄次”は、「ゲーム」のなかでクラスメイトの信頼を得ることに成功しているように思われます。

 物語に初めて触れるプレイヤーと同様に、クラスメイト達は彼が”神崎栄次”であると信じています。この「ゲーム」に立ち向かう心身ともに強靭な頼もしい同級生は、圭介らにとっては今まで知られることの無かった意外な一面を見せる”神崎栄次”でしかありません。そしてきっと、彼に死亡イベントが無いにしても、”神崎栄次”はともに生き延びるべき友人の一人となっているのではないでしょうか。

 しかし、彼らがこの事件を通じて得た”神崎栄次”に対する感情は、”神崎栄次”に向いていながらも、本来の”神崎栄次”によるものではありません。

 友情を育んだと思った相手は既に存在しておらず、この物語の始まりから、高校生たちは一人の命を取りこぼしていた。本当の”神崎栄次”の辿った運命を知った時、彼らは何を思うのでしょうか。たとえ彼を知ろうとしなかったことを後悔しようとも、もはや誰も”神崎栄次”について知ることはできません。

 皮肉なのは、 Flameが作り出した”神崎栄次”の幻影のおかげで、同じ世界に生きながら誰一人として関心を持たなかった人間が、残された9人のクラスメイトの中に確かな存在感を伴って残されるということ。救出の船を待つ同級生らの中には「今まで全然知らなかったけど、神崎ってなかなかいいヤツだったな」なんて感情を持っている人間もいるのかもしれません。Flameのおかげで彼は、田中やその他大勢のモブ生徒と同じく命を救うことのできない犠牲者でありながら、皆から忘れ去られる運命は免れているのです――自分自身ではない、偽りに向けられたまやかしの感情が残ることに救いがあるかどうかはわかりませんが。

 残念なことに、真相を知ったところで、きっと生き残ったクラスメイトの思い出に焼き付いた”神崎栄次”は”南澤栄次”の姿でしかありません。償いとばかりに本当の”神崎栄次”を思い出そうとしても、何も知らない我々プレイヤーと同じように、クラスメイトの中にも本当の”神崎栄次”の実像を思い起こすことのできる者はいないのでしょう。

 存在を塗りつぶされた”神崎栄次”という虚無に対して、何一つ知らない彼に対する喪失感と、わずかに触れることすらもできない実体への好奇心を抱えたまま、もどかしさに頭を抱える。この途方もない感情がずっと尾を引き続けているがために、私はずいぶんと長い間「Gu-L」という作品から離れることが出来ずにいるような気がします。

 しかし、考えてもどうしようもないのです。”神崎栄次”は、この物語の”非登場人物”なのですから。